マーク・ダカスコスへの五つの質問
(インタビュー 和訳)
マークの人柄、バックグラウンド等がよく表れていると思います。
その他の記事(原文)については、こちらからご覧下さい。
| 彼はフランスのトム・クルーズである。 後について言ってみて、「マーク・ダカスコス」。 この名前は間もなくよく知られたものになるだろう。 シカゴのパイパー通りにて今日公開される「ジェヴォーダンの獣」の中で、長い髪をしたたくましくセクシーな彼が登場した後では。 ダカスコスは劇中の半分で腰布しか身に着けていないが、女性ファンを傷つけるものではない。 「一番参ったのは、ブーツが腰布に縫い付けられていたことです。 トレーラーの中で、それを履くには二人の女性に手伝ってもらわなければならず、その構造上、僕は衣装の下に何も身に着けることができなかったのです。」 ダカスコスはこぼす。※1 いつも機知にあふれた彼はまた、こう付け加える。 「役に備えるために、ショートパンツとタンクトップを着て寒い気候の中を走り回り、そうやって寒くて湿っぽいフランスでの撮影中、体が震えてくるのを抑えられるようになりました。」 去年フランスでヒットした「ジェヴォーダンの獣」は、18世紀のフランスで農民を襲った野獣の伝説を取り巻く物語。 ダカスコスが演じたのはマニ、事件を調査する若い探偵を助ける役である。※2 鋭い眼光が、調査に力を貸すことになる。 |
|
| ※1 | "The horrible thing was that my boots were sewn to the loincloth. In my trailer, two ladies had to help me put the thing on and because of the construction, I couldn't wear anything underneath the costume," Dacascos gripes. どひゃー、それはもう The horrible thing そのものです。 正真正銘腰布「だけ」だったのか・・・・・・。 しかしそれであのアクションができたとは、改めて驚愕です。 |
| ※2 | a young detective investigate フロンサックのこと。探偵=ホームズやポワロの印象から「若い」となるのか? |
Q. あなたは他の誰とも違う容貌をされていますね。それについて話してください。 A. 僕はハワイ生まれのハワイアンです。 母は日本人(注1)。父はスペイン、中国、フィリピンの血統で、苗字にはギリシャの系統が入っています。 それで、僕を見た人は皆(人種的背景を)推測できません。 ハリウッドは僕がどういう役にふわさしいのか、非常に混乱していると思います。 それは僕にとって良いことなんですけどね。 だから、「あの日本人で中国人でフィリピン人でアイルランドの熱いやつ」と僕を呼ぶのも言葉が多すぎるというわけではないんです。 Q. 「ジェヴォーダンの獣」について少し話してください。 A. 僕はマニを演じました。 彼は真実と誠実を信条とする無垢な男であり、また同時に感情を持つ生身の人間でもあります。 そう、彼は霊的なものを漂わせ、知恵に富み、一方では酒を飲み、娼館に行くことも好みます。 Q. あなたの実際の生活も映画のようですが・・・・。 A. 僕は世界中で育ちました。(注2) 両親がカンフーの師範でしたから。 僕は荒っぽい子供ではなかったですよ。 祖母ならあなたにこう言うと思います。 「乱暴な男の子たちに殴られてもしつこくぶたれても、やりたいようにさせていた。」と。 僕は4歳から武術の訓練を始めていたけれど、やり返そうとは全く思いませんでした。 とうとう祖母は見ていられなくなって、ある日僕を連れて学校に行き、一番大きないじめっ子を見つけると言いました。 「マーク、やりなさい、あの子を殴りなさい!」って。 話がそれましたね。 僕は9歳までハワイに住み(注2)、両親は武術を教えるためにドイツに移りました。 そして、ブルース・リーが亡くなった後で、彼の妻、リンダ・リーは両親を武術ツアーに招き、僕たちは世界を見てまわりました。 素晴らしい冒険でした。 Q. 僧侶になりたかったことがあるというのは本当ですか? A. 本当です。 若い時、僕は僧侶になるために台湾に行きました。 僕はたくさんの映画を見て、何度も僧侶を演じていたジャッキー・チェンの大ファンでした。 実際の生活で自分も僧侶として生きたいと思ったのです。 それで17歳の時、ドラムセットを売り、台湾行きの航空券を買うのに充分なお金を手に入れ(注3)、寺院に入ることにしました。 でもその生活は長くは続きませんでした。 日常に戻ろうという一番の理由は、僧侶はたくさん食べないので僕はいつも空腹だったことです。 一日一ドルで暮らしました。 半年後、父が電話をかけてきて言いました。 「ドイツに戻ってくれば、熱いシャワーとうまい食事ができるぞ。」 すぐに飛行機に乗りました。 一年後、僕はサンフランシスコに住んでいて、チャイナタウンで食事をしている時、二人の男性が近づいてこう言ってきました。 「映画のオーディションに出てみないか」と。 2週間後、"Dim Sum"という映画に参加し、ウェイ・ワン監督は僕にジョアン・チェンとうまくやってくれ(注4)と言いました。 僕は思わず聞きましたよ。 「待って、これで報酬をもらえて、これを仕事って呼ぶのですか?」 Q. 結婚していますか、特定の相手がいる、もしくは募集中ですか? 失礼、浅薄な質問ですが、皆さんが知りたいことだと思いますので。 A. 妻と一歳の息子とハワイに住んでいます。(注5) 息子の名前マコアは、ハワイ語で「勇敢」という意味です。 妻で女優のジュリー・コンドラとは「クライング・フリーマン」の撮影に向かう航空機の中で初めて会いました。 そこで話をして、彼女が重要な役を演じることがわかりました。 七年半たって、僕らは今も一緒にいます。 |
|
| 注1 | 正確には母方の祖母が日本人、祖父がアイルランド系アメリカ人。 それで、「・・・アイルランドのやつ」につながります。 |
| 注2 | ハワイに住んでいたのは6歳まで。コロラド州に4年間住み、その後ドイツへ。ドイツ在住中は競技会、あるいは旅行などでほぼ毎月のようにヨーロッパの国々へ行ったそうです。 |
| 注3 | I sold my drum set and earned enough money. ドラムを売った分で充分だったのか、さらにバイトをして稼いだのか、はわかりません。 |
| 注4 | was asking me to make out with Joan Chen. 俗語で「寝る」という意味以外、適当なものが見つかりませんでした。 「うまくやってくれ」は少々意訳です。 |
| 注5 | 現在はロスアンゼルス在住、二人の息子さんがいます。 長男 マコアラニ・チャールズくん 2000.12.31 生まれ 次男 カポーノ・マイケルくん マコアくんの2歳下 |
| このインタビュー記事で一番印象的だったのは、二番目の答の中で、「いじめっ子たちに殴られても全くやり返さなかった」というところです。 返さないまでも殴らせないようにかわしても良かったでしょうに、相手が怪我をすると思ったのか、自分が強いことはわかっているので、「大したことじゃない」と思っていたのか。 いずれにしても、子供のころから我慢強かったことが伺えます。 |
|