マーク・ダカスコスへの五つの質問
(インタビュー 和訳)

Five Questions with...Mark Dacascos
Chicago Sun-Times, Jan 11,2002 by Cindy Pearlman

マークの人柄、バックグラウンド等がよく表れていると思います。
その他の記事(原文)については、こちらからご覧下さい。



彼はフランスのトム・クルーズである。
後について言ってみて、「マーク・ダカスコス」。
この名前は間もなくよく知られたものになるだろう。
シカゴのパイパー通りにて今日公開される「ジェヴォーダンの獣」の中で、長い髪をしたたくましくセクシーな彼が登場した後では。
ダカスコスは劇中の半分で腰布しか身に着けていないが、女性ファンを傷つけるものではない。

「一番参ったのは、ブーツが腰布に縫い付けられていたことです。
トレーラーの中で、それを履くには二人の女性に手伝ってもらわなければならず、その構造上、僕は衣装の下に何も身に着けることができなかったのです。」 ダカスコスはこぼす。※1

いつも機知にあふれた彼はまた、こう付け加える。
「役に備えるために、ショートパンツとタンクトップを着て寒い気候の中を走り回り、そうやって寒くて湿っぽいフランスでの撮影中、体が震えてくるのを抑えられるようになりました。」

去年フランスでヒットした「ジェヴォーダンの獣」は、18世紀のフランスで農民を襲った野獣の伝説を取り巻く物語。
ダカスコスが演じたのはマニ、事件を調査する若い探偵を助ける役である。※2

鋭い眼光が、調査に力を貸すことになる。

 ※1 "The horrible thing was that my boots were sewn to the loincloth.
In my trailer, two ladies had to help me put the thing on and because of the construction, I couldn't wear anything underneath the costume," Dacascos gripes.


どひゃー、それはもう
The horrible thing そのものです。
正真正銘腰布「だけ」だったのか・・・・・・。
しかしそれであのアクションができたとは、改めて驚愕です。
 ※2 a young detective investigate
フロンサックのこと。探偵=ホームズやポワロの印象から「若い」となるのか?


Q. あなたは他の誰とも違う容貌をされていますね。それについて話してください。

A. 僕はハワイ生まれのハワイアンです。
母は日本人(注1)。父はスペイン、中国、フィリピンの血統で、苗字にはギリシャの系統が入っています。
それで、僕を見た人は皆(人種的背景を)推測できません。
ハリウッドは僕がどういう役にふわさしいのか、非常に混乱していると思います。
それは僕にとって良いことなんですけどね。
だから、「あの日本人で中国人でフィリピン人でアイルランドの熱いやつ」と僕を呼ぶのも言葉が多すぎるというわけではないんです。


Q. 「ジェヴォーダンの獣」について少し話してください。

A. 僕はマニを演じました。
彼は真実と誠実を信条とする無垢な男であり、また同時に感情を持つ生身の人間でもあります。
そう、彼は霊的なものを漂わせ、知恵に富み、一方では酒を飲み、娼館に行くことも好みます。


Q. あなたの実際の生活も映画のようですが・・・・。

A. 僕は世界中で育ちました。(注2)
両親がカンフーの師範でしたから。
僕は荒っぽい子供ではなかったですよ。
祖母ならあなたにこう言うと思います。
「乱暴な男の子たちに殴られてもしつこくぶたれても、やりたいようにさせていた。」と。
僕は4歳から武術の訓練を始めていたけれど、やり返そうとは全く思いませんでした。
とうとう祖母は見ていられなくなって、ある日僕を連れて学校に行き、一番大きないじめっ子を見つけると言いました。
「マーク、やりなさい、あの子を殴りなさい!」って。

話がそれましたね。
僕は9歳までハワイに住み(注2)、両親は武術を教えるためにドイツに移りました。
そして、ブルース・リーが亡くなった後で、彼の妻、リンダ・リーは両親を武術ツアーに招き、僕たちは世界を見てまわりました。
素晴らしい冒険でした。


Q. 僧侶になりたかったことがあるというのは本当ですか?

A. 本当です。
若い時、僕は僧侶になるために台湾に行きました。
僕はたくさんの映画を見て、何度も僧侶を演じていたジャッキー・チェンの大ファンでした。
実際の生活で自分も僧侶として生きたいと思ったのです。
それで17歳の時、ドラムセットを売り、台湾行きの航空券を買うのに充分なお金を手に入れ(注3)、寺院に入ることにしました。

でもその生活は長くは続きませんでした。
日常に戻ろうという一番の理由は、僧侶はたくさん食べないので僕はいつも空腹だったことです。
一日一ドルで暮らしました。
半年後、父が電話をかけてきて言いました。
「ドイツに戻ってくれば、熱いシャワーとうまい食事ができるぞ。」
すぐに飛行機に乗りました。

一年後、僕はサンフランシスコに住んでいて、チャイナタウンで食事をしている時、二人の男性が近づいてこう言ってきました。
「映画のオーディションに出てみないか」と。
2週間後、"Dim Sum"という映画に参加し、ウェイ・ワン監督は僕にジョアン・チェンとうまくやってくれ(注4)と言いました。
僕は思わず聞きましたよ。
「待って、これで報酬をもらえて、これを仕事って呼ぶのですか?」


Q. 結婚していますか、特定の相手がいる、もしくは募集中ですか? 
失礼、浅薄な質問ですが、皆さんが知りたいことだと思いますので。

A. 妻と一歳の息子とハワイに住んでいます。(注5)
息子の名前マコアは、ハワイ語で「勇敢」という意味です。
妻で女優のジュリー・コンドラとは「クライング・フリーマン」の撮影に向かう航空機の中で初めて会いました。
そこで話をして、彼女が重要な役を演じることがわかりました。
七年半たって、僕らは今も一緒にいます。

 注1 正確には母方の祖母が日本人、祖父がアイルランド系アメリカ人。
それで、「・・・アイルランドのやつ」につながります。
 注2 ハワイに住んでいたのは6歳まで。コロラド州に4年間住み、その後ドイツへ。ドイツ在住中は競技会、あるいは旅行などでほぼ毎月のようにヨーロッパの国々へ行ったそうです。
 注3 I sold my drum set and earned enough money.
ドラムを売った分で充分だったのか、さらにバイトをして稼いだのか、はわかりません。
 注4 was asking me to make out with Joan Chen.
俗語で「寝る」という意味以外、適当なものが見つかりませんでした。
「うまくやってくれ」は少々意訳です。
 注5 現在はロスアンゼルス在住、二人の息子さんがいます。
長男 マコアラニ・チャールズくん 2000.12.31 生まれ
次男 カポーノ・マイケルくん マコアくんの2歳下

このインタビュー記事で一番印象的だったのは、二番目の答の中で、「いじめっ子たちに殴られても全くやり返さなかった」というところです。
返さないまでも殴らせないようにかわしても良かったでしょうに、相手が怪我をすると思ったのか、自分が強いことはわかっているので、「大したことじゃない」と思っていたのか。
いずれにしても、子供のころから我慢強かったことが伺えます。